Jリーグの開催方式
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Jリーグの開催方式

 

日本のサッカーを見る上で欠かせないのがJリーグです。Jリーグとは、日本のプロサッカーリーグのことを言います。1993年に開幕して、2017年が25周年になります。10チームで始まったJリーグですが、毎年少しずつ増えていき、現在では全て合わせると57チームもあります。しかも今後はさらに増えることが予想されます。

 

Jリーグの特徴はチーム数が多いため、地域密着で行っていることです。どのチームもホームタウンを構えてそこを拠点に活動しているため、チーム名にはホームタウンの名前がついています。地元の応援なくしては、Jリーグは成り立ちません。

 

Jリーグは現在J1、J2、J3の3部制で行われています。強いチームほど上のカテゴリーになるディビジョン1(通称J1)になり、J3だとアマチュアに近いカテゴリーになります。この3つの間には大きな格差があり、Jリーグから各チームに支払われる分配金などもJ1とJ3では格差があります。

開催方式はどのカテゴリーも同じで、ホーム&アウェイ方式のリーグ戦になります。例えばJ1だと18チームがあるため、自分のチーム以外の17チームと、ホームとアウェイで1年間かけて1試合ずつ行います。そのため全部で34試合になります。ちなみにJ2だと22チーム、J3だと17チームありますが、ホーム&アウェイ方式のリーグ戦であることは同じです。

 

 

勝ち点で優勝が決まる
サッカーの試合は、1試合につき90分行います。Jリーグでは、引き分けでも延長戦とPK戦はありません。試合に勝てば勝ち点3、引き分けは1、負けは0になります。34試合(J1の場合)を行って、最終的に勝ち点が多かったチームが優勝になります。

 

もし勝ち点が並んだ場合には、得失点差で順位が決まります。得失点差とは、これまでの試合での得点の合計から、失点の合計を引いたものになります。勝ち点が同じ場合は、得失点差の多いチームが上になります。

 

テレビや新聞などで、Jリーグの順位表が出ると、1位から18位まで勝ち点の順に並んでいます。サッカーのリーグ戦では、得失点差がかなり重要になるため、その順位表の右側には必ず得失点差が書かれています。

 

たいていは上位にいるチームほど得失点差が多く、下位にいるチームほど得失点差が少なくなります。場合によっては、マイナスになることもあります。

 

勝ち点が多いチームは、勝利数が多いということです。そして試合に勝つということは、得失点差が必ずプラスになるため、試合の度にどんどんプラスが蓄積されて、結果的に得失点差が多くなってきます。また勝ち星が少ないチームには、それと反対に失点が積み重なり、どんどんマイナスになっていきます。

 

上位にいるチームは、攻撃に自信があり多く得点を取るか、守備に自信があり失点が少ないかのどちらかです。勝ち点のためにまず勝つことが大事ですが、その中でもより点差を広げて勝つと、得失点差で有利になってきます。

 

もし勝ち点と得失点差が同じ場合は、総得点で順位が決まります。つまりより多く得点を取ったチームが上にくるため、攻撃に自信があるチームの方が上位になりやすいと言えます。

 

 

J1で一番多く優勝しているチーム
過去25年間で一番多く優勝しているのは、鹿島アントラーズになり、合計8回も優勝しています。優勝回数2位が、3回であることを考えても、ぶっちぎりの強さを誇ります。2016年も鹿島アントラーズが優勝しています。

 

もちろん開幕から参加しているため、他のチームよりも多く優勝する機会はあったわけですが、だからと言って、それだけでは8回も優勝することはできません。

 

そんな圧倒的な強さを誇る鹿島アントラーズですが、Jリーグ開幕からこれまでJ1にい続けているのは、鹿島アントラーズと横浜Fマリノスだけです。名古屋グランパスもその一つだったのですが、2016年に降格してしまったため、2チームだけになってしまいました。

 

鹿島アントラーズは、開幕から常に強いチームであり続けています。これが他のチームにはないことです。開幕から25年経っているため、当初プレーしていた選手は、現在では誰もいません。かといって鹿島アントラーズに、膨大な予算があるわけでもないのです。

 

常に勝ち続ける一番の理由は、多くの日本代表を輩出していることにあります。Jリーグ開幕当初は、世界的なスーパースターであるジーコやレオナルドなどの外国人がいました。しかしそんな中でも、秋田、名良橋、相馬といった元日本代表で活躍したディフェンダーがチームを支えていました。

 

その後は柳沢敦、鈴木隆行、中田浩二、本山雅志、小笠原満男などが所属して、こちらも元日本代表の選手でした。2000年代は、これらの選手が鹿島アントラーズを支えました。

 

2010年南アフリカワールドカップに出場した内田篤人選手も鹿島アントラーズ出身です。現在はドイツのシャルケでプレーしていますが、女性人気が高く、日本代表ではおなじみの存在です。同じドイツでプレーしている大迫勇也選手も鹿島アントラーズで育った一人です。

 

現在の日本代表でも活躍している、昌子源選手、植田直通選手、永木亮太選手などの若手選手も在籍しています。2017年からスペインへ移籍した柴崎岳選手も鹿島アントラーズでプレーしていました。

 

このように名前を挙げていくと、かなり多くの日本代表を常に輩出し続けているのがわかります。日本代表1人や2人ならJ1チームであれば、よくあることですが、これだけ多くの選手が日本代表になっていることを考えると、鹿島アントラーズの育成がすごいと言わざるを得ません。

 

また完成された選手を他のチームから獲得しているわけでなく、鹿島アントラーズでプロになって、そのまま育った選手が多いことも魅力です。常に勝ち続けるためには、選手を育成することが近道だと鹿島アントラーズが証明しています。

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