ジョホールバルの歓喜
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ジョホールバルの歓喜

 

ドーハの悲劇から4年後の、1998年フランスワールドカップのアジア最終予選です。この大会から出場が32ヶ国に拡大したため、アジア枠も2枠から3.5枠になりました。この3.5枠は、3ヶ国か4ヶ国ということです。

 

アジア最終予選は10チームが、AとBの2グループに分かれて行います。各グループ1位になれば、無条件でワールドカップ出場できるのですが、2位だとAグループとBグループの2位同士が、アジア第3代表を決める試合を行います。そして負けたチームは、オセアニア代表とプレーオフを行い、勝てばワールドカップに出場できるルールです。

 

日本はAグループで、韓国、UAE、ウズベキスタン、カザフスタンと同じ組になりました。5チーム中、1位にならないとワールドカップに無条件で出場できないのですが、3試合が終わって、韓国は勝ち点9に対して、日本は勝ち点4で、1位出場が難しくなりました。

 

このままだと2位を狙うのも難しくなるため、日本代表の監督だった加茂周を解任して、岡田武史が新たに就任しました。そして日本はグループ2位を狙っていたのですが、2位にいたUAEに勝ち点でなかなか追いつけませんでした。

 

残り2試合となったアウェイの韓国戦で日本は勝利し、ようやく勝ち点でUAEに逆転しました。このときすでに韓国の1位突破が決まっていたため、日本は2位でのワールドカップ出場を狙います。そして日本は最終戦のカザフスタンに5-1で勝利して、Aグループ韓国1位に対して、日本は2位になりました。

 

しかし2位だとアジア第3代表決定戦に回らなければなりません。日本はBグループ2位のイランと、中立地での一発勝負を行い、勝った方がワールドカップに出場できます。中立地になるため、東アジアと中東を外した、東南アジアのマレーシアにあるジョホールバルで行われることになりました。

 

 

ワールドカップ初出場の瞬間
イランとの試合は三浦知良、中山雅史の2トップで試合が始まりました。前半に中山雅史の1点取って先制した日本でしたが、後半開始すぐにイランに同点とされて、さらに後半14分に決められて、1-2と逆転されました。

 

得点を取らないと負けてしまう日本は、三浦、中山の2トップを城彰二、呂比須ワグナーと同時交代をしました。日本サッカーの偉大なフォワード2人と若い2人の選手を交代させたのは、岡田監督の思い切った戦略です。

 

交代のときに三浦知良が、オレと交代するの⁉︎というリアクションをしている映像が今でも使われたりしています。そしてその采配が的中して後半31分には、城彰二がゴールを決めて2-2に追いつきました。

 

試合は引き分けのまま90分が過ぎて、延長戦になりました。このときのルールが、ゴールデンゴール方式のため、早く1点取ったチームが勝ちになります。日本は3人目の交代として、延長戦開始に岡野雅行を投入しました。

 

延長が始まっても両チームがチャンスをものにできないまま、時間だけが過ぎていきます。そろそろ延長戦が終わって、PK戦に突入かと思われた延長後半13分に、中田英寿のシュートをキーパーが弾いたボールを、岡野が押し込んで決勝ゴールを決めました。3-2になりゴールデンゴール方式のため、その瞬間勝ちが決まり、日本のワールドカップ初出場が決まりました。

 

ワールドカップ出場が決まった日本はとても湧きました。決勝ゴールを決めた岡野、監督の岡田武史は日本でブームになるほどです。この出来事は、試合を開催した地名を取って、ジョホールバルの歓喜と言われています。

 

ちなみに負けたイランは、オーストラリアとの大陸間プレーオフで勝利して、ワールドカップの出場を決めました。

 

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