ドーハの悲劇
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ドーハの悲劇

 

サッカー好きな人なら必ず知っているのが、ドーハの悲劇です。日本サッカーが絶望を味わった瞬間として、多くの人の心に刻まれています。これは1994年ワールドカップアメリカ大会のアジア最終予選でのことです。

 

日本はワールドカップ初出場を狙っていました。現在のワールドカップは32ヶ国が出場して、その中でアジアは4.5枠がありますが、アメリカ大会の時は24ヶ国の出場に対して、アジアは2枠しかありませんでした。

 

最終予選を勝ち上がってきた6ヶ国で、最後のリーグ戦が行われました。日本、サウジアラビア、韓国、イラク、イラン、北朝鮮です。現在では考えられませんが、ホーム&アウェイ方式ではなく、ドーハ1ヶ所開催のセントラル方式でした。リーグ戦で上位2ヶ国がワールドカップに出場できます。

 

最終戦が行われるまでの結果は、日本が1位だったため、最後のイラク戦に勝利すれば、無条件でワールドカップに出場できました。しかし負ければ日本は敗退、引き分けならその他の国の結果次第という状況でした。

 

最終戦は公平に行うため3試合同時開催で行われ、日本はイラクと対戦しました。開始5分に先制点を挙げて、後半10分に同点にされたものの、後半24分に中山のゴールで2-1と勝ち越しました。

 

 

日本はそのまま勝利できれば、ワールドカップ出場が無条件で決まったのですが、90分が過ぎた後半アディショナルタイムに、イラクのセンタリングから、ヘディングでゴールを決められて2-2の同点にされてしまったのです。

 

誰もがワールドカップに出場できると思っていたところに、最後の最後に同点とされてしまったため、選手は崩れ落ちたり、そのまま動けない選手もいたりしました。次のチャンスは4年後になってしまうため、それくらい日本にとってはショックが大きかったです。

 

そのまま2-2の引き分けに終わったため、日本はワールドカップに出場できなかったのです。この出来事は、最終予選が行われたカタールのドーハをとって、ドーハの悲劇と言われています。結局、最終戦はサウジアラビア、韓国が勝利したため、この2ヶ国がワールドカップに出場しました。

 

試合は後半勝っていたのであれば、もっと時間を稼ぐべきでした。また日本の最終予選での2勝は、韓国と北朝鮮だけで、イラク、イラン、サウジアラビアなど中東には勝てていなかったなど、反省点も多かったです。

 

ドーハ1ヶ所での開催も、東アジアと中東ではフェアではないため、1998年のフランス大会以降は、アジア最終予選はホーム&アウェイ方式で行うようになりました。ワールドカップの出場国も32ヶ国に拡大したため、アジア枠も増えたことで、1998年フランス大会から日本は5大会連続して出場しています。

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